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house M

 旗竿敷地において,中庭を囲む回廊に面して諸室を配し,四寸の勾配を持った片流れの屋根によって雨を自然に受け流すとともに,十分な軒下空間を設けることで,夏は日射を遮り,冬は暖かな日差しを取り込む.今回の建築計画は,いわば日本家屋の伝統的な手法を尽く踏襲している.一方で,マテリアルに関してはどうであろうか.もちろん,潤沢な予算のもと,屋根を瓦で葺き,外壁は焼杉で仕上げ,軒裏には木,床は石材,壁や天井は左官,家具は無垢の木造作,といった具合に自然素材を組み合わせれば,とても純粋に空間を構成することが出来る.しかしながら,高気密・高断熱といった環境性能と共に,各所に高い耐久性が求められる現代の住宅において,自然素材を用いるべきだという一言を免罪符に,設計者がそれらの要求と相対峙しないのは,やや不誠実にも思えた.そこで,各所仕上げの選定に関する解像度を高め,耐候性,耐食性,遮音性,耐水性,耐熱性,耐摩耗性,耐薬品性といった性能に対して,色彩や照明の反射具合に係る色相・彩度・表面粗度・反射率・鏡面光沢度,あるいは,手触りや音の響き方に係る熱伝導率や材料密度等といった物性値との折り合いを一つずつ見つけていった.

 例えば,軒のある中庭部分の外壁には焼杉板を用いる一方,軒の無い外周部にはメンテナンス性を考慮し,ガルバリウム鋼板を用いた.また,屋根にガルバリウム鋼板を用いることで固定荷重を軽減する傍ら,断熱材にはセルロースファイバーt=300mmを充填し,雨音に対する遮音性を担保した.また,天井のパネリング材については,一般部にはクリア塗装の既製品を使用する一方で,外気に面する部分については無塗装品を仕入れ,貼り付け前に耐候性塗料を塗布した.内部仕上げや造作に関しても,和室の障子やダイニング等,直接手に触れる部分については,極力無垢の木材を使用する一方で,壁や天井には,寧ろ間接照明によって照らされるサーフェスの特性に注意を払いながらクロスを慎重に選定した.アイランドキッチンの天板は,ゲストをもてなすカウンターとしての風格と,調理台としてのハードユースに耐えうる性能とを両立する素材として,クオーツ系の人造大理石を採用した.また,コンロ側のキッチン天板は,経済性や調理器具との調和を図り,ステンレス仕上げとしたが,通常の薄板折り曲げ加工ではなく,t=4mmの厚板をそのまま用いることで,シャープなエッジを見せ,バイブレーション仕上げを施すことによって,傷が目立ちにくい仕様とした.建具についても,三方枠は現場での施工性を鑑み,集成材に塗装仕上げとする傍ら,より大きな面材は化粧フィルム貼りとすることで,平滑な仕上がりによるシャープな陰影を得た.また,小口の処理や他の部材との取り合い,使用箇所等に応じて,メラミン化粧板,ポリ化粧ボード,化粧フィルム,不燃化粧板等を慎重に使い分けた.収納内の塗装色も無彩色ではなくオリーブグレージュとすることで,収納扉が開いた際にも空間のカラースキームを崩さないように注意した.さらに,ペンダント照明や水洗金物,タオルバー,取手金物,鎖樋や上面のみを本磨きとした白御影石といった,反射性の高い素材を空間全体に忍ばせることで,内外の空間にある種の一体感を持たせつつ,日常の暮らしの中に控えめな艶やかさと彩りを演出した.

 こういった一連の所作により,必然的に仕上げの種類は多岐にわたり,それらの組み合わせによるカラースキームは指数関数的に難易度を増した.元来,安易な人工異種素材の組み合わせは,似非であるとか商業的であるといった批判を免れないものであったが,今回,設計者の統合的な判断によって,マテリアルを物性値まで分解し,誠実に再構成した結果として立ち現れた空間には,現代住宅における新たな正当性が宿っている.

敷地: 静岡県駿東郡

竣工: 2022年11月

用途: 住宅

設計・監理: 株式会社Tetsuki Nakakura Design and Experience一級建築士事務所 + 設計工房ASK一級建築士事務所

施工:有限会社アスカ工務店

外構:さんかくガーデン

​撮影:株式会社Tetsuki Nakakura Design and Experience

​その他:長期優良住宅認定

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