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house F

無骨と気品の間

 

近年のリノベーションにおいて,上階床スラブを現しとし,コンクリートのテクスチャを基調としたミニマルなカラースキームで空間をまとめるというのは,一種の定石をなしている.既存躯体の中で天井高を確保し,空間の気積を最大化するというのは実に理に叶っているし,内装仕上げを省略してコストを低減しつつ,無骨な空間を自在に使いこなすというのは,非常に小気味の良い,軽快な住まい方でもある.しかしながら,クライアントとの打ち合わせを進める中で,それとは少々異なる嗜好が見え隠れする場面が幾度かあった.海外での滞在経験や,事業活動やメディアを通した幅広い交友関係が,建築主の空間に対する嗅覚を鋭くさせていたのかも知れないが,どうやらミニマルな空間の中にあってなお,上質な気品への欲求が時折顔を覗かせるのである.

 力強い無骨さと洗練された気品という一見相対する質を空間に纏わせるのは,慎重なマテリアルの選択と,職人の手仕事による所作以外にあるまい.解体工事後,露わになったR Cの既存躯体は,一度表面を全て研磨することで,粗度を整え,やや抽象的なテクスチャとしている.また,壁面には,深青緑色の小幅タイルを真鍮色の目地棒と併せて用いた.銅釉薬の酸化焼成による色むらが壁面全体にリズムを生み出すと共に,湿式製法タイル特有のエッジの丸みが,ライン照明によって優しく照らし出されている.床材は,オークのフレンチヘリンボーンにマットコートを施し,周囲に馴染む色合いとしながらも,一枚一枚敷き詰められた目地の微妙な揺らぎが,その印象を柔らかなものとしている.また,カーテンが空間全体をおおらかに包み込む一方で,ハイカウンターやテレビボード,洗面や玄関収納などの天板に配されたクオーツストーンが,空間に凛とした緊張感を与えている.照明は,天井面から浮かせて固定したライティングダクトレールとスポットライトによって,スタジオ的な雰囲気を演出しつつ,ライン照明やダウンライトと組み合わせることで,均斉度を担保し,調色・調光のシーン設定にも対応している.

また,LDK以外の室においても,その用途や性質によって,各々の設えを調整している.マッサージルームは,天井に木のパネリング材を使用することで,より温もりを感じられる雰囲気とした.主寝室は,カラースキーム全体の彩度をぐっと落とし,よりシックなカラースキームとする一方で,天井と壁に用いたザイル麻が,表情に深みをもたらしている.

 既存の躯体が刻んできた時間と職人の手仕事による手間が織りなす無骨と気品の中に,新しい住まい方が予感される.

敷地: 東京都世田谷区

竣工: 2023年12月

用途: 住宅

設計・監理: 株式会社中倉徹紀建築都市設計一級建築士事務所

​撮影: 株式会社中倉徹紀建築都市設計一級建築士事務所

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